「復讐のトレイル」は、猟区管理官ジョー・ピケットシリーズの中で私が1番好きな作品です。
この作品でジョーは、「ハンター連続殺人事件」の捜査にあたります。
捜査はなかなか進まず、犯人像については全くの見当違いで、私から見てジョーはかなりダメダメな感じでした。
それに、冒頭からの犯人の長々としたひとりごつや、作中ところどころに見られる犯人の長々としたひとりごつは、
読み手からしたらちょっととっつきづらいかな…とも思いました。
そう思うのに、何故私はこの作品が好きなのか?
それは、犯人がカッコ良いからです。
私も見習いたいという意味で。
いやいや、もちろん殺人は駄目なんですけどね💦
見習いたいのはそこではなく、自分の決めた目標を、ストイックに慎重に実行するところです。
ひとりごつの部分は確かに一見とっつきづらいですが、読み込むとためになるし、犯人像を思い描くのに役に立ちます。
好きな理由は他にもあります。
ストーリーに考えさせられるものがあるのです。
この事件の被害者はハンターです。
一般人の被害者と違って、狩猟に関係する事から、動物保護運動のリーダーも事件に関わり、世間の注目を集めます。
動物保護の観点から、ハンターについて否定的な考えを持っている人も多いからです。
“ハンターは普段、野生動物を狩っているんでしょう?
どうして同じ命なのに、動物なら殺しても良くて人間なら駄目なの?
ハンターが殺されるのは、ある意味天罰では?“
…などなど
動物好きならそんなふうに考える人も少なくないでしょう。
狩る者、狩られる者、強者、弱者……
そんなふうに区別されて、強い者に弱い者が殺される…
私も常々、そんな世界は嫌だと思っています。
でも一方で、それが変えることのできない自然の摂理なのかも、とも考えます。
ところで、狩りの正当性に関して我らがジョーは、ここで1つの答えを導き出しているのです。
それは娘との会話の中で語られています。
本当に深い会話です。
その中でジョーは、「肉を与えてくれる命に感謝するハンター」と、いう言い方をしてます。
ジョーは、獲物の大きさを誇るようなタイプのハンターには否定的なのです。
動物を狩る理由の基本は、生きる糧を得るためで、決して自分の強さを誇るためではない…と、いうのが狩りの正当性についての答えなのかなと私は思いました。
まあ、そうかな…
知ってたかな…とも、思えますが……
(´・ω・`)
…と、思いつつ、その答えに至るまでの過程が深く大切なんだよなあ…とも思います。
いまの時代、別に野生動物を狩らなくても食べ物には困りません。
けれども、何かのきっかけでその前提が崩れるとしたら……?
万が一そんな時のために、狩りは生きていくための糧を得るひとつの方法として、大切に受け継がれるべきなのかもしれません。
ジョーピケットシリーズを読んでいると、いつも人としてどう生きるのが正しいのか?…と、言うことを考えさせられます。
きっとジョー自身が愚直なまでに正しく生きようとするからだと思うのですが、そこがこのシリーズの魅力なのだと思います💕😊